Mahoe Anela blog

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【頑張ります】

2011年6月21日 20時54分 最愛の父が他界しました。

先日の記事でもご報告させて頂いた通り、19日の日曜日から入院していたのですが、

入院から3日間という短い時間であっという間に旅立ってしまいました。


少し、父の話をさせて下さい。

父は昔、紳士服の仕立てをしておりました。

母と一緒になってからは夫婦二人三脚で小さな縫製工場を営んでおり、

私達双子は小さい頃よりミシンや洋服に囲まれて育ってきました。

その父が14年前に脳梗塞で倒れ、一度生死の境をさ迷いました。

当時、私達は服飾の専門学校に通わせてもらっていました。

今思えば・・・二人同時に3年間、大枚な授業料がかかっていたと思います。

父はその時の脳梗塞で、右半身が全く動かない、いわゆる半身不随となりました。

その時、父はベッドの上で『coconeとkizunaと一緒に仕事がしたい』と悔し涙を流した事を

私達は今でも忘れません。それが最初で最後の父の涙です。

それからというもの、父は母と二人三脚でリハビリを一日も欠かす事なく何年も頑張り、

不屈の精神で這い上がり、車を運転出来るまでに回復しました。


私は・・・実は美容師になるのが夢でした。

高校で進路を決める時、私は当然の如く『美容師の専門学校に行きたい』と言いました。

ところが父は反対。

『それなら自分で働いて自分で行け』と言われました。

でも、こうも言われました。

『服飾の道に進むのであればこの家売ってでも行かせてやる』と。

それで私も覚悟を決めたんです。


父の意思を受け継ぎ、今の私達があります。

あの時、違う道を選んでいたら・・・私には全く違った人生が待っていたと思う。

でも、あの時のあの父の言葉があったから、私は今こうして皆様に出会う事が出来ています。

そして、あの時そこまで言ってくれた父に感謝すると共に、

父の思いを無駄にしないように頑張りたいと思っています。


私達の父はこんな感じで日本人の典型的な頑固親父でした^^

無口で、曲った事が大嫌い。

真面目で、とにかく家族の事を一番に考えてくれていました。

入院生活3日間なんて・・・最後の最後まで家族思いですよね。

最後の2日間は、そんな父のお陰で家族水入らず本当に貴重な時間を

ゆったりと過ごす事が出来ました。

最後の瞬間も、家族みんなで見送る事が出来ました。

大きく一つ深呼吸をし、眠るように安らかに息をひきとりました。

家族に何の迷惑もかけず、あんな最期を迎えるなんて・・・格好よすぎだよ。

今まで育ててくれてありがとう。

どうか私のお腹の中に生まれ変わってきて欲しいです。



長々と重い話をしてしまってすみません。

私達がこの仕事をするにあたってはこんなエピソードもあったんです^^

脳梗塞をしてから、10年くらいは一緒に仕事も出来たんですよ。

そんな父だから、私達がこのまま悲しみに明け暮れて足踏みしていても何も喜ばないと思う。

だから、今日からまた頑張ります!

少しずつ、以前のように更新していきたいと思います^^


長文、最後までお付き合い下さり本当に有難うございました。

こんな双子ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします<(_ _*)>


from:mahoe anela / cocone&kizuna


【追伸】
カウプレの抽選がすごく気になっているのですが、
もう少し気持ちが落ち着くまで待っていて欲しいです(>_<)本当にすみません(*_ _)

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